嵯峨野文化通信 第19号

☆★☆————伝統文化プロデュース【連】メールマガジン—————-
     〔嵯峨野文化通信〕 第19号 2006年11月15日
——————————————————————–☆★☆

 伝統文化プロデュース【連】は、日本の伝統文化にこめられた知恵と美意識に
 ついて、学び広めていくための活動をしている団体です。

*************************************

 ○●○ もくじ ○●○

  1.【連】からのお知らせ
  2.京都をめぐる歳時記 〜小雪の章〜
  3.(連載)『新・都鄙の連関』 第9話
  4.(連載)『京都文化警察』 第9章
  5.メンバー紹介

*************************************

§――1.【連】からのお知らせ―――――――――――――――――――――§

○花街文化研究会

 日本で、最も古い花街(かがい)「上七軒(かみひちけん)」および、花街文化
全般について考える【連】の花街文化研究会のホームページに、今年の夏に開催し
ました「第2回ビアラベルコンテスト」の投票結果を公開しています。ホームペー
ジに今年のビアラベル人気ベスト10作品を掲載しておりますので、ご覧ください。

●花街文化研究会のURL
http://www.ren-produce.com/kagai/

§――2.京都をめぐる歳時記 〜小雪の章〜 ――――――――――――――§

 11月22日〜12月6日は、太陰暦を使用していた時代に、季節を表すための
工夫として考え出された二十四節季のひとつ「小雪(しょうせつ)」です。

 木々の葉は落ち、平地にも初雪が舞い始める頃です。また、日差しも弱まり、冷
え込みが厳しくなってくる季節です。『暦便覧』には、「冷ゆるが故に雨も雪とな
りてくだるがゆへ也」と記されています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜「小雪」の時季を楽しむために〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

○千本釈迦堂・成道会法要と大根だき

 千本釈迦堂大報恩寺は、今から約770年前、鎌倉初期安貞元年(1227)義
空上人によって開創されたお寺です。本堂は創建当時のもので、京都の町が応仁の
乱で焼け野原になっても、奇跡的にも火災をまぬがれた京洛最古の建造物として国
宝に指定されています。義空上人は、藤原秀衡の孫にあたり、19歳で叡山澄憲僧
都に師事されました。十数年ののち、千本の地を得て苦難の末に本堂をはじめ諸伽
藍を建立されたのです。

 成道会法要とは、お釈迦様が悟りを開いた日(12月8日)にちなみ、成道を記
念奉賛する法会が営まれる法要です。大根だきは鎌倉時代、同寺の三世慈禅上人が、
成道会の際に大根の切り口を鏡に見立てて梵字を書き、厄除けを祈願したのが始ま
りと言われています。これを食べると、中風やその他諸病の厄除けになるそうです。
材料となる聖護院大根のまるくて白く太った大根の一個一個に、カラメルで梵字を
書くのは、お釈迦さまを偲んだものだそうです。近年は、年々参拝者が多くなった
ことや、お祓いをして清めた畑の上を新幹線が通ったりと、とても大根の数が間に
合わなくなり、現在では、長い大根を使っているそうですよ。ちょっと残念なこと
ですが、厄除けの効き目は変わりないことでしょう。

[日程]12月7日(木)〜8日(金)
[場所]千本釈迦堂(上京区七本松通今出川上る)

§――3.(連載)『新・都鄙の連関』 第9話―――――――――――――――§

        ―青森・最果の天皇陵篇3―    太田 達

 京福電鉄嵐山線「嵯峨駅前」(改めて考えてみると、おかしな駅名である。これ
は、JRの嵯峨嵐山駅前にある駅という事での命名であろう。京福電車は、ほん
と謙虚)を降りる(嵐山駅方向)と、すぐ眼の前から長慶天皇陵の参道が始まる。
200mくらい玉砂利を踏むと、直角に参道が曲がる。瀬戸川沿いに桂川へ向かう
と、さらに玉砂利は続いている。この瀬戸川沿いの道の南側に、ある種の威厳ただ
よう陵墓がある。これが正式名「嵯峨東陵」、長慶陵である。

 天皇陵は、律令制度が弛廃するにつれて中世以後、その所在すら失われて荒廃し
ていった。しかし、江戸時代になり、時代が安定し央学が興隆しだすと、人々の関
心が山稜に向けられた。元禄期に幕府は、その整備に着手し、現在の天皇陵の原形
ができあがった。参道や石塔などがそれである。また、幕末に尊皇思想が高まると、
当時80程の歴代天皇の不明となっていた陵墓を特定する作業が始まった。文久年
間(1861〜64)には、宇都宮藩の戸田某の大仕事であった。このとき、陵墓
守も任命され始め、維新による一気呵成の王政復古によって相当でたらめに。無理
に特定したようである。

 それでも、幾人かの天皇の陵墓はわからず、明治中期になり最もその天皇に所縁
の深い地を陵墓地として指定し、誰も埋葬されていない墓を新しく作りあげた事例
もないわけではない。まして、大正末期になって天皇に列座した長慶帝である。そ
の皇子の一人が、住職を一時務めていた嵯峨天龍寺の塔中跡という場所に、国粋主
義まっただ中の時代につくられたのである。ある種の威厳とは、こういう理由によ
って感じられたのであろうか。果たして、津軽相馬村に長慶帝が眠っておられる確
率が高いように思えてきた。嵐山の地と津軽岩木山。不思議な連関ができあがった。
                                  (了)
§――4.(連載)『京都文化警察』 第9章――――――――――――――――§

 私は「よそもの」である。物心ついたころから京都好きで、小学生の時にはすで
に絶対、京都の大学で古典を勉強しようと思っていた。京都の大学への進学が決ま
った時、私のイメージの中にあったのは、正直に告白すれば、小学校の修学旅行で
行った、奈良に近かったと思う。京都に来て、京都好きの想いの炎は燃え盛ったか、
というと、そうではなかった気がする。一抹の失望があった。原因の一つは、やは
りイメージ化された京都にのみ恋いこがれていた自分自身だろう。だが、もう一つ
の原因は、バブルの残り香漂う、街のせいだったのではないかと思う。町並みは乱
雑で、意味不明の建築物が、肥大化した消費社会の残骸をさらしていた。

 京都に来てまもなく10年。時代は大きく変わった。失業者の増加が問題になり、
景気が低迷した。けれど、これが京都の追い風になった気がする。京都の売りは「
古都」である。貧しくとも、足ることを知っていた時代の日本人の原風景である。
貧しさが復活して、京都は美しくなった。「もったいない」という美徳が、町を作
っていた時代を、人が恋うようになった。日本人が日本人に回帰し、京都が京都に
回帰するきっかけは、逆説的だが、不況だったと思う。そのころから、古着や骨董
のブームが、若者の間にも広まり始めた記憶がある。

 今また景気が上昇傾向にある。そんな中で、町家建築のブームは健在で、まちづ
くりを真剣に考える人々だって存在している。人々が、安易にブームに乗って、町
の尊厳を傷つけない配慮が必要だ。店舗として町家が存在するだけでは、まちづく
りという観点からは不十分だという指摘もある。街の構成には、住民が必要だから
だ。(かつてのように、店舗と住居が一体となった構造なら問題ないのだろうが。)
既存の価値観と、新しい時流をよく鑑みて、融和させ、まちづくりを進める必要が
あろう。

 日本人は、海外からの文化を輸入し、既存の文化に融合させて自家薬籠中のもの
とする必殺技を繰り出しながら二千年の歴史を築きあげてきた。敗戦によって、日
本古来の価値観を、ヒステリックなまでに無分別に捨ててしまうまでは。戦後、修
身を捨て、道徳を輸入したが、如何せん、生命線である宗教を切り捨てたままでの
輸入だった。どんどん日本人は恥を捨て、美徳を失っていった。そんな日本の最後
の砦が、京都だと私は思っているのだ。町の小路に入れば、今日もまた、背をかが
めたおばあちゃんが、向こう三軒両隣を綺麗に掃除しているのが見えるだろう。

                                (田口稔恵)
     ※京都文化警察では、みなさまからの告発を募集しています!
      ☆目撃情報は、こちらまで。→sagano@ren-produce.com☆

§――5.メンバー紹介―――――――――――――――――――――――――§

 【連】のメンバーによる、自己紹介のコーナー。
19人目に登場するのは、小野陽祐さんです。

 東京大学で裏千家茶道サークルに入っていたことが、当時、東大の大学院生だっ
た濱崎さんと出会うきっかけでした。そのご縁で、太田 達先生に茶事の楽しさを
教えていただき虜となりました。以来、度々遊んでもらっています。

 これまで、なかなか【連】の活動に参加できませんでしたが、公認会計士試験に
合格した場合、大阪中之島勤務となる予定ですので、【連】の文化的(および非文
化的)活動に顔を出したいと思っています。よろしくお願いします。

○O+編集後記+O○*****************************************************

 11月に花の盛りを迎える菊ですが、東洋で最も古くからある鑑賞植物で、平安
時代に中国から日本に渡来してきました。「きく」は漢名の「菊」を音読みしたも
のです。また、「菊」の漢字は<散らばった米を1ヶ所に集める>の意味で、菊の
花弁を米に見立てたものです。漢名の「菊」は”究極・最終”を意味し、一年の一
番終わりに咲くことから名づけられました。

 これからも、【連】では様々なイベントの開催予定や、日本の文化・歳時記など
について皆さんに、どんどんお伝えしていきます。
   [次の発行は、12月1日(金)の予定です。次回も、お楽しみに!]
                                  (治)
**********************************************************************O○

         

多くの方に有斐斎弘道館の活動を知っていただきたく思っております。
記事が面白かったら是非、シェアいただけると幸いです。