嵯峨野文化通信 第32号

 伝統文化プロデュース【連】メールマガジン
 ☆★—–━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━—☆★☆
             〔嵯峨野文化通信〕 第32号
 ★☆★—━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━—–☆★

        日々の暮らしに「和」の魅力をプラスしてみませんか?

   伝統文化プロデュース【連】は、日本の伝統文化にこめられた知恵と美意識に
         ついて、学び広めていくための活動をしている団体です。

        京都・嵯峨野から、最新の情報を皆さんにお届けします!
              毎月1日・15日(月2回)

                       ★VOL:32(2007/6/1)

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  こんにちは(@^ー^@) 〔嵯峨野文化通信〕です☆

  今日から6月。夏が近づくとイベントが増えてくるので楽しみですよね☆
 さて、今回の〔嵯峨野文化通信〕は今の時季にピッタリのイベントからお知らせします。

それでは、〔嵯峨野文化通信〕第32号のスタートです!

 ┏━┓┏━┓┏━┓
 ┃も┃┃く┃┃じ┃
 ┗━┛┗━┛┗━┛

  ○【連】からのお知らせ——————————–「都ライト’07」
  ○(連載)『正史 爺婆鏡(ジジババカガミ)』———-五ノ巻
  ○(連載)『Many Stories of the Tea Ceremony』——–第17話
  ○(連載)『ニッポン城郭物語』————————第十七幕
  ○やまとのくには言の葉のくに————————–第八首
○京の伝統行事—————————————-上賀茂神社・御田植神事

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ━━━━━━━━━━
 【連】からのお知らせ
 ━━━━━━━━━━

 ○「都ライト’07」

  今年で3年目を迎える「都ライト’07」が、本日(6月1日)より3日間にわたっ
 て開催されます。【連】は、「花街文化研究会」のスタッフとして、上七軒会場のサポ
 ートを今年も行います。上七軒会場では、写真展「古き上七軒の芸妓さん・舞妓さん」
 と、「昭和10年頃の天神さんと上七軒」の映像を上映いたします。格子を通じて外に
 もれる「暮らしの光」を体感しに、ぜひお越しください。

     ★上七軒でのイベント★

 ○写真展「古き上七軒の芸妓さん・舞妓さん」
 [日程]6月1日(金)〜3日(日)
 [時間]午後7時〜9時
 [場所]茶屋「長谷川」邸

  上七軒の茶屋「長谷川」のご主人が保管されていた古い写真を展示します。おすすめ
 は芸妓さんたちの集合写真! 昔の芸妓さんや舞妓さんも、今の女の子たちと変わらな
 い様子を見に来てください。

 ○映像「昭和10年頃の天神さんと上七軒」
 [日程]6月1日(金)〜3日(日)
 [時間]午後7時〜9時
 [場所]「ぎゃらりぃ和こころ」(まつひろ商店上七軒店2F)

  がま口・口金のまつひろ商店の2階ギャラリー「ぎゃらりぃ和こころ」で、上七軒の
 旦那衆だった人物が戦前に撮影していた映像を上映します。戦前の上七軒通りや北野天
 満宮での祭りなど、華やかな戦前の花街の様子をご覧ください。

 [日程]6月1日(金)・2日(土)・3日(日)
 [時間]午後6時〜9時
 [場所]上七軒通・浄福寺大黒町周辺・西陣文化センター
 [主催]都ライト実行委員会
 [共催]北野上七軒界わいまちづくり委員会準備会
     花街文化研究会(【連】)他

  詳細は、下記のホームページをご覧ください。

 ●「都ライト'07」のホームページ
 http://miyako-light.anewal.net/

                   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                   (連載)『正史 爺婆鏡(ジジババカガミ)』
                   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                   五ノ巻
                                   鈴木 岳海

  昭和16年、おじいは出兵から京都に戻ってきた。おじいとおばあは、長兄の家族が
 住む家を離れ、東福寺近くに住まいを構えた。伏見稲荷の前を南北に走る道沿い、ガス、
 電気付の3部屋ある文化住宅で、大阪の銀行に通う裕福な人も住んでいた。ひと月15
 円と当時においては家賃の高い家だったが、他に当てもなくしょうがなくここで暮らす
 こととなった。この頃のおじいは、清水焼の陶工たちとともに蛇ヶ谷に湯飲みを作りに
 長兄と通っていた。多くの陶工たちは、窯を自身で持つことは少なく、仕事は分業制と
 なっていた。

  しかし、こうした状況も長くは続かなかった。窯から昇る煙によって空襲されると考
 えられ、陶工たちの仕事が激減してしまったのである。その後、おじいは病気がちだっ
 たため、仕事をしない時もあったが、宇治川の火薬庫(*1)の倉庫係として京阪電車
 で30分ぐらいかけて通っていたという。そうした時、おじいは、佐渡ヶ島での焼き物
 の仕事を見つけ、長男をお腹に宿したとおばあとともに、新潟から島にわたった。この
 頃、おじいは、焼き物を作るだけでなく、教える仕事もこなしていた。おばあはお腹に
 子供がいて仕事ができなかったため、おじいの陶工としての稼ぎだけで心もとない暮ら
 しをしていた。しかし、おばあは着物や帯をなぜかたくさん持っていたため(その理由
 は忘れている)、あらゆるものが不足していたなか、帯を解いて子供用の服を作ったり、
 浴衣を解いてオムツを縫っていた(1枚の浴衣でオムツが3枚ぐらいできた)。

  しばらくすると、京都にいるおじいの長兄が危篤との報せが来た。おじいは、急いで
 京都に向かったが、長兄をみとることはできなかった。同じ頃、佐渡ヶ島では、長男が
 生まれた。長兄が亡くなったことを聞いたおばあは、長男を、絵付け師として腕が立ち、
 いつもニコニコしていた長兄の生まれ変わりだと思ったそうだ。この後、昭和18年か
 ら22年まで、おじいはジャワに出兵し、その間、おばあは愛知県の犬山に疎開したり、
 実家に戻り子供を育てていた。戦後、ジャワから帰国したおじいが群馬県水上に窯を構
 えてから、、二人が京都を訪れたのは1度だけであった。

  おじいが兵隊と焼き物の仕事に携わり、(おじいが兵隊にとられていたが、それゆえ
 に)おばあが都市生活の自由を謳歌し、子供を育てながら不安定な暮らしを営んだ京都。
 いま、いくつかの縁が重なり、京都に住む孫は、おばあの語るつらくも楽しかった思い
 出ばなしを聞き、おじいが残した茶碗でふんわりと甘くて苦い茶を点てながら、むかし
 といまを茶碗の中に溶けあわせている。

(*1)現在の陸上自衛隊宇治駐
 屯地にあった旧陸軍宇治火薬製造所。旧陸軍16師団司令部もあった。その遺構は、近代
 煉瓦建築としても知られ、文化庁が選定した地域別戦争遺跡のひとつにもなっている。

                                      (了)

                  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                  (連載)『Many Stories of the Tea Ceremony』
                  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  極私的茶会記(7)「着物、着ませんか? 〜国際芸術センター青森1〜 」の段

                                イチカワ アキラ

  同日(9月8日)夕刻。三内円山遺跡を後にした「茶会一行」は、車に分乗して国際
 芸術センター青森へ向かう。次なる茶会のため、である。先にも記したように、同セン
 ターのT氏の野外作品「青森ー円」での<森の儀礼>茶会、である。前日に準備を始め
 ていたとはいえ、いろいろとやることはあるもの。皆々が走り回る。何をすればいいの
 かも、いま行っている作業が結句、何につながるのかも不分明なまま、私も走り回って
 いた。ふと、「馳走」という言葉が脳裏に浮かぶ…。

  そうこうしているうちに、準備は粗方できあがった、らしい。「らしい」と言うのは、
 何が「完成」なのかも私には分からないからだ。円筒形の「青森ー円」のなかには色糸
 が縦に貼られ、床にはベンガラが塗られる。上を見上げると青森の薄暮の空が円形に切
 り取られていた…。中央にはアーティストM氏の釜が置かれている。三足の台、端の反
 った小ぶりの風炉、ビクターの商標に見られるような円錐形の釜(この釜は<自立>し
 ない…)、小さなつまみの付いた円い蓋…。実物を見たことのない方々に文字で伝える
 のは難しいが、「黒い鋼の管楽器」と言ったらよいだろうか。青森の空に高らかに響く
 音楽の妙なる調べが聞こえる気がしたのを鮮明に記憶している。準備完了、のようだ。
 くどいようだが、このあとの私のミッションは「目撃」のはず、である。

  宿舎にもどり、軽い夕食をすませ、紫煙をくゆらしていると、なにやら向こうでO氏
 とH女史が話されているのが見えた。なんだか雲行きが…。と思ったのも束の間、O氏
 が私の方に…。まるで映画のようなスローモーション…。あ、目の前に…。「じゃあ、
 着物に着替えましょか?」まさに<フリーズ>の状態。O氏の言葉はつづく。「着物着
 て、尺八が聞こえたら、蝋燭持って、お客さん連れてきて」との内容であったと思うの
 だが、私がしどろもどろになっている間に、ふと気がつくと着物を着せられている…。
 ちなみに、自分で言うのも恥ずかしいが、<しっくり>きていた。私は生まれる時代を
 間違えたのだろうか…? と思えるほどに…。

  私の<記憶>と同様に<場面>は飛ぶ。腰掛待合に見立てられた木製ベンチには、路
 地草履に履き替えたK先生、センターの館長、T氏、着物を召されたC氏とH氏…。た
 だ、私の視線が交わる<消失点>は、眼の前20センチぐらい…。周りの光景は一切入
 ってこない。ただ、手燭の蝋燭の灯が、暗闇のなか、ぼんやりと、円形をかたちづくっ
 ていた。突如(と言って良いだろうか…)尺八の調べが闇を切り裂いた。心音がやけに
 高い。無言で正客のK先生を促し、ゆっくりと歩み出す。暗い、見えない、かつ足下も
 悪い…。自然、両脚の筋肉と関節はフル稼働、身体中を大量の汗が伝う…。だが、着物
 は意外に<涼しい>…。

  林立する短冊が貼り付けられた青竹の間をすり抜け、「青森ー円」へと続く森の小径
 を下っていく。歩むと言うよりは地面に足を一歩一歩<ねじ込む>、といった具合。目
 に入るのは、蝋燭の灯りのみ、耳に聞こえるのは尺八の音と虫の声、そして私の後ろを
 歩む客人の草履が地面を踏みしめる音。ものの5分とかからない道のりであったが、私
 には万里を歩んだ気がした…。ようやく、半東の陶芸家K氏の姿が見える。あと少し…。
 着いた…。手燭をK氏に手渡し、客に道を空ける。私はお辞儀をしながら、首筋にまと
 わりつく蚊に血を吸われるままになっていた。が、不思議と痒くない…。心頭滅却すれ
 ば火もまた…。

  客が<茶室>に入り、私は独り、森の中にたたずんでいた。中からは、柄杓が釜を打
 つ音、茶筅が振られる音が漏れ聞こえ、また、手燭の灯が消され、また点けられ…。そ
 ういった音と明暗の中、満月が、中天に浮かんでいることに、私はようやく気がついた。
 月光が、円筒形の「青森ー円」に吸い込まれていくように見えたのは、なぜ、だったろ
 うか。
                                    (つづく)
  次回は「浮かんでます? 〜青森国際芸術センター2〜 」の段

                          ━━━━━━━━━━━━━━
                          (連載)『ニッポン城郭物語』
                          ━━━━━━━━━━━━━━

               第十七幕 〜黒と白の話〜
                                   梅原 和久

  「城」と聞いたときに思い浮かべるのは、姫路城に代表されるような白亜の城だろう
 か。それとも、熊本城のような黒っぽい城だろうか。既にお気づきだった方もおられる
 だろうが、城の外見は黒っぽいものと白いものの、大きく二つに分けられる。分け方と
 してよく言われているのが、「織田・豊臣系の城は黒、徳川系は白」というもの。

  まず織豊系の黒だが、これはこの二人が金箔瓦などを多用したことと関係がある。金
 が目立たせるためには、下地は黒い方が良い。秀吉の大坂城天守などは、外壁が黒漆
 (うるし)塗りだったという。建物全体が最高級の工芸品のようなものであり、秀吉の
 けた外れの財力がしのばれる。この時期、当時の有力大名はこぞって大坂城を手本にし
 て築城した。さすがに漆塗りまで真似できた大名は少なかったものの(※)、土壁の上
 に木の板を貼って(このような壁のことを「下見板張り」という)、その板を黒く塗っ
 たのだ。代表的なものとして、先の熊本城や松本城、松江城などがある。

  一方、家康は白漆喰(しっくい)を用いた白壁の城を築いた。白い城である。関ヶ原
 の合戦後、家康から新しい領地を得た大名は、これにならって家康好みの白い城を築く
 ようになった。江戸初期に築かれた城は、ほとんどがこの白い城である。中でも「大坂
 夏の陣」後、秀吉の大坂城の記憶を消してしまうかのように、完全に築き直した新しい
 大坂城に巨大な白亜の天守がそびえ立ったのは、徳川幕藩体制確立の象徴でもあったと
 言えよう。白い城の代表としては他に、姫路城や会津若松城、名古屋城などがある。

  さて、黒と白は、その登場順からも、黒が旧式、白が新式とされることが多い。また、
 白は外側を漆喰で塗り込めたために、板張よりも耐火性が高まり、防火面で優れている
 という説明もよく見かける。しかし、実際には、旧式のはずの黒(=下見板張り)は江
 戸末期まで作られ続けている。また防火面でも、下見板の下には厚い土壁があるので、
 塗り込めの建物とほとんど変わらないことが分かっている。

  結局のところ、城の色で「徳川方か否か」を見分けることができるのは江戸初期まで
 のこと。と言うのも、漆喰は確かに美しいが、かなり風雨に弱く、数年おきに塗り直す
 必要があった。財政状況が厳しくなれば維持管理が大変になってくる。その点下見板張
 りは安価な上に耐久性も高く、五〇年程度は修理することなく維持できる。つまり、黒
 と白のどちらを選ぶかは、城主の好みとコスト面の問題、ということになったのである。  

(※)第二次対戦まで現存していた岡山城や広島城の天守は、築城当初は漆塗りだったら
 しい。当初は黒く輝く漆塗りも、何年もすれば紫外線によって漆がうす茶色に変色し、
 みすぼらしくなってしまう。そこで、以後は煤(すす)と柿渋からなる墨で黒く塗った
 という。

                                    (つづく)
 ━━━━━━━━━━━━━
 やまとのくには言の葉のくに
 ━━━━━━━━━━━━━
                    第八首
                                   田口 稔恵

  ほととぎす鳴くや五月のあやめ草あやめも知らぬ恋もするかな
            (『古今和歌集』恋一 読み人しらず)

 (ほととぎすの鳴く五月に咲くあやめ草、その名のようにあやめ〔分別〕の知らない恋
  をすることだよ。)          

  上の句は、下の句の「あやめ」を導く序詞。「あやめ」は「文目」つまり、織り目な
 どの模様を指し、転じて論理的な道筋やものの道理、分別を指すようになった。恋部の
 巻頭におかれていることから、恋愛初期の心情を詠んだものとして入集されていること
 がわかる。恋の始まりの時期の、盲目的な心の昂ぶりが、菖蒲(あやめ)の香りのたち
 こめるような五月の空気と相俟って、匂やかな作品となっている。『古今和歌集』には、
 読み人知らずの優れた和歌が多く入集し、『古今和歌集』を特徴づけるものとなってい
 る。それらは、時代を超えて享受され、日本人の美意識をより一層洗練する役目を果た
 した。この歌は『新古今集』入集の「うちしめりあやめぞかをるほととぎす鳴くや五月
 の雨の夕暮れ」(藤原良経)の本歌とされた。夏の雨の夕暮れ時の情趣に、恋の雰囲気
 を優艶に漂わせるのは、本歌の下敷きがあってこそである。同じく読み人知らずの秀歌
 「君や来し我や行きけむ思ほへず夢かうつつか寝てか覚めてか」(あなたがいらっしゃ
 ったのか、私が行ったのか。お会いしたのは、夢だったのか、現実だったのか、寝てい
 たのか、起きていたのか、よくわかりません)もまた、『伊勢物語』や、謡曲に享受さ
 れ、それぞれ相応しい場面を与えられたことにより、新たな命を吹き込まれている。

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 京の伝統行事 〜祭に出かけてみませんか?〜
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ○上賀茂神社・御田植神事

  上賀茂神社の御田植神事は、平安遷都以前から行なわれていたといいます。今に伝わ
 る国内で最も古い神事のひとつで、今年の五穀豊穣・特に米の豊作が祈願されます。本
 殿祭典に続き、摂社沢田神社に「幣(ぬさ)=供え物」をされ、ならの小川でお祓いと
 豊凶を占う為、早苗を川中に投げるというもので、約1250年も続く神事です。

 [日程]6月10日(日)
 [場所]上賀茂神社

 ●上賀茂神社のホームページ
 http://www.kamigamojinja.jp/

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         ◆[嵯峨野学藝倶楽部]6月開講講座のお知らせ ◆
 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

          詳しくは、http://www.ren-produce.com/sagano/から

  ★「茶道教室(水曜日コース)」
    日時:6月6日(水)
    時間:午後1時〜5時(ご都合の良い時間に、お越しください)
    ※見学/体験も、随時、受付けています。
    ▽詳細は、コチラから。
    http://www.ren-produce.com/sagano/chadou/suiyoubi/suiyoubi.html

  ★「今様・白拍子教室」
    日時:6月9日(土)
    時間:午後1時〜2時(60分)
    ※見学/体験も、随時、受付けています。
    ▽詳細は、コチラから。
    http://www.ren-produce.com/sagano/imayou/

  ★「茶道教室(土曜日コース)」
    日時:6月9日(土)
    時間:午後1時〜5時(ご都合の良い時間に、お越しください)
    ※見学/体験も、随時、受付けています。
    ▽詳細は、コチラから。
    http://www.ren-produce.com/sagano/chadou/doyoubi/doyoubi.html

       お問合せ・お申込みはコチラまで→sagano@ren-produce.com
         (※いずれの講座も、事前にお申込みください!)

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆【連】のホームページ新着情報◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

  ♪[嵯峨野学藝倶楽部]・・・講座日程を追加しました!
    ▽詳細は、コチラから!
    http://www.ren-produce.com/sagano/

  ♪「花街文化研究会」・・・「都ライト’07」のお知らせを追加しました!
            ・・・「ビアラベルコンテスト」のお知らせを追加しました!
    ▽詳細は、コチラから!
    http://www.ren-produce.com/kagai/

  ♪トップページに、「波紋音 in 法然院」のお知らせを追加しました!
    ▽詳細は、コチラから!
    http://office-fleur.com/hamon/

  ♪トップページに、【連】協力事業「京菓子づくり」のお知らせを追加しました!
    ▽詳細は、コチラから!
    http://www.ren-produce.com/event/070729_relish/

 ┌─┐┌─┐┌─┐┌─┐
 │ひ││と││こ││と│
 └─┘└─┘└─┘└─┘

  6月と言えば「梅雨」。。。ジメジメした日が続くと憂鬱になりがちですが、こんな
 季節にしか見られないものってあるんですよね。それは、夏の花「紫陽花」と「蛍」。
 一生の大部分を水の中で過ごし、成虫になれば、わずか数日の生命だという「蛍」。そ
 の間、水以外、何も摂らずに光り続けるのだそうです。淡い黄緑の光が、闇の中を点滅
 しながら舞い飛ぶ風景は幻想的ですよね。平安時代中期の歌人・和泉式部が、自分の魂
 が抜け出して、さまよっているのではと詠ったのもうなずけます。

   [次回は、6月15日(金)に配信予定です! 次回もお楽しみに(^▽°)]
         ☆治☆
================================================================================

 

多くの方に有斐斎弘道館の活動を知っていただきたく思っております。
記事が面白かったら是非、シェアいただけると幸いです。