『手のひらの自然 京菓子展 2018』源氏物語から考える ②「源氏物語」には何が書かれているか―愛と政治の物語としての「桐壺」 その壱

『手のひらの自然 京菓子展2018』に寄せた御手洗靖大さん(早稲田大学大学院文学研究科修士課程在籍)によるブログの第二弾です。

今回からは具体的に源氏物語の世界に入り、その情景のいくつかを皆さんと巡る旅にでます。

まず源氏物語五十四帖の中でも光源氏の誕生と彼のその後の人生を考える上で欠かすことのできない「桐壺」における光源氏の両親にあたる帝と桐壺の更衣の身分違いの悲恋について、三回に分けてお届けします。

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光源氏誕生まで

さてさて、源氏物語を読んでいきましょう。今回は最初なので、一番初めの部分を読んでまずは作品世界の中に入ってみたいと思います。源氏物語って何が書いてるのん?

源氏物語といったら、光源氏っていうイケメンの恋の物語でしょう?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、物語は源氏の誕生以前から語られます。実はここがめちゃくちゃおもしろい。私は源氏物語で一番おもしろいのはこの場面だとさえ思っています。

ということで、お話していきたいと思うのですが、話が大変長くなったので(笑)、三回に分けてこの場面を読解していきたいと思います。

源氏物語、こんな一節に聞き覚えありませんか。

 

いづれの御時にか、女御、更衣(かうい)あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

 

長大な源氏物語、最初の部分です。「いづれの御時にか」というのは、時の世を治める帝がどなたの時だったでしょうか・・・ということ。つまり、「これから話すことは今とはちょっと離れた所のお話なのですが」と、現実世界から距離をおく言い方ですね。この一言で、物語の世界が幕を開けます。

女御や更衣というのは、帝に仕えるお姫様たち。たくさんいらっしゃるお姫様の中に、それほど身分が高くない方で、たいそう帝に気に入られているお姫様がいました・・・。というわけです。身分制社会でしたから、帝に仕えるお姫様も序列があるのです。でも、その序列に反して特別扱いされる方がいたというのです。

あれ?光源氏の話ちゃうのん?

そうなんです。まずは帝とお姫様の話から始まります。実はこのお姫様が、光源氏のお母さんです。源氏物語を読んでいる人たちはこの人のことを桐壺更衣と呼びました。

さて、読み進めていくと、なんともキナクサイ文章になっていきます。

 

①はじめよりわれはと思ひあがりたまへる御かたがためざましきものにおとしめそねみたまふ同じほど、それより下(げらふ)臈の更衣たちは、ましてやすからず

 

②朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけむ、

いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、

 

③いよいよあかずあはれなるものにおもほして、人のそしりをもえはばからせたまはず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり。

 

④上達部(かんだちめ)、上人(うへびと)なども、あいなく目をそばめつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。

 

⑤唐土(もろこし)にも、かかることの起こりにこそ、世も乱れあしかりけれとやうやう、天の下にも、あぢきなう人のもてなやみぐさになりて楊貴妃(やうきひ)の例(ためし)も引きいでつべくなりゆく・・・

 

そんな桐壺更衣に対して、①ほかのお姫様は、「何なの?あの子」となりますね。こわぁ・・・。②桐壺更衣本人は心労が重なったのか、病気がちになります。帝の御前が職場ですから、体調不良となると帝は桐壺更衣と会えないわけです。③帝はますます恋しくなって、もっともっと桐壺更衣を愛する振る舞いをします。状況はエスカレートするばかり。そうすると、天皇の周囲に仕えるお姫様の間だけではなく、④まつりごとの方面である家臣達も眉をひそめるようになってしまいました。国家の問題となってしまうのですね・・・。そうすると、⑤民衆も、「いや、隣の国で似たような事があって、国が乱れたといわれてるぞ・・・やべえな・・・」と噂をするようになってしまいました。

帝と桐壺更衣の愛を味方する者はいない、といっているような状況を、物語開始数行で展開してしまいます。ええ・・・もうクライマックスでんがな・・・。現代の連続ドラマならここまで来るのにもう一ヶ月半はかかるでしょう笑。

そんな味方のいない桐壺更衣です。人の恨みや呪いというものが、現代人よりももっと敏感に感受される、この時代の人々にとって、この場に生きている事が、どれだけ苛酷かを考えると、想像を絶するものがあります。

 

いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばへの、たぐひなきを頼みにてまじらひたまふ。

 

そんな桐壺更衣には、もう愛してくれる帝しかいない。自分をここまで追い込んだ元凶である男が、自分の生きる理由になってしまう。類ひなき帝のこころざしを心の糧として、なんとか宮中生活をつづけるのです・・・。

 

恋愛関係としては最悪のパターンですが(笑)、たいへんドラマチックで、かいがいしい女性としての桐壺更衣像が浮き上がります。

でも、よーく考えたら、この桐壺更衣という人、こんな環境で生きているのですから、めちゃくちゃメンタルが強い人だなあ、とも言えます。研究者の中には、帝に愛されるために、か弱い女を演じるしたたかな女だったのでは、と読む人もいます。みなさん、どう思いますか?

 

【次回へ続く】次回の更新は7月26日(木)16:00を予定しております。どうぞお楽しみに。

 

※源氏物語本文は日本文学web図書館 平安文学ライブラリーの本文を用いました。

御手洗靖大(早稲田大学大学院文学研究科 M1)

多くの方に有斐斎弘道館の活動を知っていただきたく思っております。
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