『手のひらの自然 京菓子展 2019』万葉集を読んでみる ①万葉集、マジで読むんすか?

万葉集の歌は全部で約4516首

令和元年。今年、最も忙しかった国文学者は万葉集研究をされる先生方でしょう。皆さんご存じのとおり、平成の次の元号、「令和」は『万葉集』を出典とすることが報道されたからですね。元号という「制度」と、現代日本社会の関係については思うところがいろいろありますが、まあ、それはおいおい申し上げるとして・・・。【手のひらの自然 京菓子展】は、これまで日本の古典文学をテーマとしてきました。『万葉集』は今年にピッタリのテーマですね。今回の企画をきっかけに、『万葉集』の世界を覗いてみませんか。

都内では、急に万葉集コーナーができあがった書店も少なくありませんでした。いろんな本がドバッと出版されましたが、みなさん、なにか読まれましたでしょうか?

意地悪な友人は、「こんなブームは一過性にきまっている。はたして国民のなかに『万葉集』を全部読む人間はどれほどいるか。」なーんてことを言っていたのですが、いかがです?たしかに、書物としての『万葉集』を全部読めた方は、おそらく、すごい人の内にかぞえられると思います。

って、『万葉集』には約4516首もの歌が入っているのです。『百人一首』は100首、『古今和歌集』でも1100首です。もちろん、歌集と言われるものには数万首を収録するバケモノみたいな書物もありますが、『万葉集』もなかなかのものです。

さらにさらに、『万葉集』の一番最初を見てみましょう。

  泊瀬朝倉宮にあめのしたをさめたまひし天皇の代 大泊瀬稚武天皇

  籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち この岡に 菜摘ます児 家告らな 

  名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 

  我こそいませ 我こそは 告らめ 家をも名をも(巻一・一)

いや、短歌やないやん・・・。と突っ込みを入れたくなって、本を閉じてしまった人もいらっしゃるのではないでしょうか。いやいやそれはもったいない。(この歌もとってもおもしろいのですが、今回はお話ししません。ガマンガマン。)この先にはもうちょっとわかりやすい歌もあるはずです。

我々現代人は、本は始めから終わりまで順番に読まねばならないとおもってしまいますが、はたして『万葉集』はどうでしょうか?

 

平安時代の『万葉集』はつまみ読み?

私の専門は平安時代の和歌なので、どうしても平安時代の話をしてしまいます(笑)。京都の龍谷大学には、平安後期(12世紀)に写された国宝の写本があります。その名も『類聚古集(るいじゅこしゅう)』。これは、『万葉集』約4516首の歌を再構成して、歌のテーマ(題)ごとに分類、再編成してできた書物です。

実は、『万葉集』は全部で20巻あるのですが、それぞれの巻ごとにテイストが異なるのです。いわば、巻ごとに独自の世界観があったといえます。それに対して「えーい!!もっと全巻の歌をわかりやすく並べんかい!!」と平安後期の人が言ったかどうか知りませんが、巻ごとの世界観をこえて、『万葉集』の歌を読もうとしていたことが、この『類聚古集』という本からうかがえるのです。

じゃあ、なんで題ごとに並べたのか?というと、歌を作るための資料にしていたのでしょう。「つぎの歌会は「鶴」っていう題でんな。ほしたら『万葉集』のこの表現をつかって作りまひょ」と平安後期の人が言ったかどうか知りませんが、そういう用途があったのだと思われます。

いまから800年以上昔の人がやっていたのですから、現代人の我々が和菓子を作るために『万葉集』をつまみ読みしても怒られないでしょう。巻数に縛られず、好きなところから読んでみましょう。

そのためには、一家に一セット『万葉集』注釈書があっても良いかも知れません。参考までに、手に入りやすいものをご紹介しておきます。

 

岩波文庫(新版)(佐竹昭広ほか『万葉集(一)~(五)』岩波文庫2013年~2015年)

最も書店にならんでいる本です。私の原稿も原則この本から『万葉集』の本文を引用します。

角川ソフィア文庫(伊藤博『新版 万葉集』角川ソフィア文庫2009年)

万葉集研究の大家の注釈書として、いまだその魅力のあせない文庫版注釈。大学院の友人が推していました。

講談社学術文庫(中西進『万葉集 全訳注原文付(一)~(四)』講談社文庫1978年~1983年)

「令和の名付け親」中西進博士の注釈書。

ちょっと大きいですが、お好きな人は文学全集シリーズも。

・青木生子ほか『新潮日本古典集成 万葉集(1)~(5)』新潮社1976年~1984年

ぜんぶすごいけど、この本の執筆陣はすごい。

・小島憲之ほか『新編日本古典文学全集 万葉集(1)~(4)』小学館1994年~1996年

私は論文などで『万葉集』を引用するときは、この本を使うことが多いです。

・佐竹昭広ほか『新日本古典文学大系 万葉集』1~4岩波書店1999年~2003年

岩波文庫の元となった注釈書。ここには原文も入っている。

 

ほかにも、入門書や、歌人による秀歌選もあるので探してみてください。

これからの私のお話は、まずは『万葉集』と四季というテーマで、巻十を読んでみたいとおもいます。どうぞお付き合い下さい。

 

【参考文献】

坂本信幸ほか『万葉事始』和泉書院1995年

小川靖彦『万葉集 隠された歴史のメッセージ』角川選書2010年

神野志隆光『万葉集をどう読むか―歌の「発見」と漢字世界』東京大学出版会2013年

小川靖彦『万葉集と日本人』角川選書2014年

小川靖彦編『万葉写本学入門』笠間書院2016年

 

※万葉集本文は原則訓み下し文とし、佐竹昭広ほか『万葉集(一)~(五)』岩波文庫2013年~2015年を用いました。

御手洗靖大(早稲田大学大学院文学研究科 M2)

多くの方に有斐斎弘道館の活動を知っていただきたく思っております。
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