【百人一首】第五回 ちはやぶる

【百人一首を読む・百人一首と読む】
第五回 ちはやぶる

ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは   在原業平

今年はよく分からない気候でございますね。朝晩もだいぶ寒うございます。御所の木立もほんのりと色づくこのごろでございます。さて、今回はもっとも知られる紅葉の歌を読んでまいりましょう。

「ちはやぶる」という言葉が印象的ですね。誰もが覚えるこの言葉。友達の家で百人一首カルタを知り、この歌だけ知っていたので驚異的な瞬発力で札を取ったら、競技かるたとの青春がはじまった…という少女の物語が、大人気漫画にありますね。

歌の意味はどうなるのでしょうか。「神々の時代でさえ聞いたことがない。竜田川が紅葉に染まるとは…。」ものすごい絶景だったのですねえ。神々の活躍する神話の時代、様々な奇跡があったけれど、それでもこのような光景は無かっただろう、と言います。なんでもできた神々の時代、という「むかし」のイメージ。今も平安時代もあんまりそんなにイメージは変わらないって所が面白いですよね。

さて、問題が、この絶景にあります。紅葉に染まった竜田川とはどんな様子?

ポイントは「みずくくる」という表現。

むかしの写本なんかを見ていると、平仮名に濁点が書かれないことが多いんですよね。なのでこの歌でも「水くくる(括る)」のか、「水くぐる(潜る)」のか、で意味が大きく変わってしまうのです。

ちなみに現代の通説だと「水くくる(括る)」となっています。くくり染めは、布を斑に染める染色技法です。まだらに紅葉が浮いている光景ですね。紅葉の間から水底が見える。

いっぽうで、「水くぐる(潜る)」だと、水面を覆う紅葉の下を、水が流れているという光景が現れます。水面に浮いているというか、紅葉がもりだくさんですね。

みなさんはどちらが好みですか?私は、豪華なてんこ盛りの方が好きです。(笑)

実を言うと、「水くぐる(潜る)」という解釈は、百人一首をまとめたと言われる藤原定家たちの解釈なのでした。定家卿は鎌倉時代のはじめの方なので、平安時代初期の方である在原業平の歌は、じゅうぶん古典の歌なのでした。なので、定家卿も私たちと同じく、言葉の意味を考えるところから歌を読んでいたのです。

和歌研究の結晶である通説でこの歌を読むか、定家卿と同じようにこの歌を読むか。古典を学ぶとはその時その時で様々な解釈に出会う旅でもあるのです。おもしろいと思いません?

そして、話はここで終わりではありません。この歌、どうやら、実際に見た風景ではないようなのです…。在原業平はこの時竜田川に行ってません!(笑)このような和歌を屏風歌といいます。平安時代のお公家さん達は絵を見て和歌を詠んだのでした。この歌もその一つ。どんな屏風だったのか分かりませんが、絵のイメージを和歌という言語表現にする営みが見て取れます。

そして、今回の和菓子展は、そんな和歌が和菓子になっています。絵と、そこから喚起されるイメージが、和歌という言葉となり、そして、言葉が形をもって空間に立ち現れる。とってもすばらしい試みだと思いませんか。そんなことに思いをはせながら、弘道館、旧三井下鴨別邸にお越しくださるとよいとおもいます。

<参考文献>
島津忠夫『新版百人一首』角川書店1999年11月
有吉保『百人一首』講談社1983年11月

(同志社大学文学部 四回生 御手洗靖大)


京菓子展「手のひらの自然 – 小倉百人一首」2017の
入選作について

ブログ連載シリーズ【百人一首を読む・百人一首と読む】は、当時の暮らしぶりなどに詳しい御手洗さんに、新鮮な視点で解説いただいております。

今回、解説いただいた「ちはやぶる」の和歌に詠まれる紅葉の情景は、いくつもの解釈や様々なイメージを想起できることがよくわかります。

そして、この和歌をもとに創造された京菓子3点が入選作となり、有斐斎弘道館と旧三井家下鴨別邸で展示されております。


(韓紅(からくれない)/五十嵐浩子 旧三井家下鴨別邸にて展示)

 


(Scarlet 深紅/Eliska Konupkova 旧三井家下鴨別邸にて展示)

 


(紅水染(もみじ)/前田亜紀 有斐斎弘道館にて展示)

(写真・撮影:久保田狐庵)

 

展示は11月5日までとなっております。

是非、ご観覧くださいませ。

<京菓子展 公式ホームページ>
https://kodo-kan.com/kyogashi/

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多くの方に有斐斎弘道館の活動を知っていただきたく思っております。
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