源氏物語で、一番初めにかたられる恋が、空蝉との恋です。
雨夜の品定めの場面では、宮中にずっと居たので、そろそろ妻の家にも行かなければと、葵の上の家に向かいます。妻の実家にいくという通い婚ですね。そうすると、この実家から宮中への方角が、よろしくないということで、居所を変えなければならなくなりました。いわゆる方違えというやつです。当時はよろしくない方角が日々変わるので、その日は別の家に泊まらせてもらってから宮中に出勤しなければならなくなりました。
そこで人々は紀伊の守という人の家が、涼しくていいよというので、そこに泊まることになりました。
紀伊の守は大変です。急いで準備して、源氏をもてなしました。すると、家の子ども達の中にひとりだけ、とても上品な男の子がいました。(あれ・・・?若紫パターン・・・?)
実はその子は、紀伊の守と血縁の子ではなく、紀伊の守の妻としてやってきた女の弟なのでした。この妻というのが空蝉です。空蝉の存在を知った源氏はそわそわして眠れません。雨夜の品定めで、頭中将が、中流の女がいいと言っていましたから、非常に興味があったのです。これは・・・いけませんねえ・・・。
源氏は空蝉の寝ていそうな、屋敷のおくに忍び込みました・・・。すると、声がします。
ありつる子の声にて、「ものけたまはる。いづくにおはしますぞ」と、かれたる声のをかしきにて言へば、「ここにぞ臥したる。客人(まらうと)は寝(ね)たまひぬるか。いかに近からむと思ひつるを、されどけどほかりけり」と言ふ。寝(ね)たりける声のしどけなき、いとよく似通ひたれば、妹と聞きたまひつ。「廂(ひさし)にぞ大殿籠りぬる。音に聞きつる御ありさまを、見たてまつりつる、げにこそめでたかりけれ」と、みそかに言ふ。(略)女君はただこの障子口筋かひたるほどにぞ、臥したるべき。「中将の君は、いづくにぞ。人げ遠きここちしてもの恐ろし」と言ふなれば・・・
さきほどのかわいらしい男の子が「おねーちゃんどこー」といっています。すると「ここで寝ているわよ。もうお客さまはお休みになったのかしらん。あんまりひとけがしないわね。」「こことは別の廂でお泊まりだよ。めっちゃくちゃかっこよかった。」
このやりとりで、空蝉は戸を隔てたすぐ向こう側にいることがわかりました。ここの「臥したるべき」の「べし」の使い方がとてもわかりやすいですね。「べし」は発言する本人の確信をあらわす言葉です。ここに空蝉がいる・・・!!という感じですね。空蝉は虫の知らせか、なんだかこころぼそくなって、おつきの中将という女房を呼びますが、どうやら居ないようです。
すると源氏はどういう行動をとったのか、古文でお楽しみください・・・。
みな静まりたるけはひなれば、掛け金を試みにひきあげたまへれば、あなたよりは鎖さざりけり。几張(きちやう)を障子口には立てて、火はほの暗きに見たまへば、唐櫃(からひつ)だつものどもを置きたれば、乱りがはしきなかをわけ入りたまへれば、けはひしつるところに入りたまへれば、ただ一人いとささやかにて臥したり。
そっとふすまの掛けがねを外して、忍び込みました。ごちゃごちゃものがおかれている中に一人。みーつけた・・・。
なまわづらはしけれど、上なる衣(きぬ)おしやるまで、求めつる人と思へり。「中将召しつればなむ。人知れぬ思ひのしるしあるここちして」とのたまふを、ともかくも思ひわかれず、ものに襲(おそ)はるるここちして、「や」とおびゆれど、顔に衣(きぬ)のさはりて、音にも立てず。
「中将とは、私をお呼びですか」と源氏はイケメンボイスで言います。(源氏の役職は近衛の中将でした。)空蝉は、あまりの出来事に混乱しながらも抵抗します。いや・・・いくらイケメンでもこれは恐い。
そうして、源氏は空蝉を連れ出してしまいます。とちゅうで本物の中将とすれ違っても、相手は光源氏、何も手出しはできません。光源氏はただ一言、
「暁に御迎へにものせよ」(あかつきに迎えに来なさい)
といって自室に連れ去ってしまいました。
※源氏物語本文は日本文学web図書館 平安文学ライブラリーの本文を用いました。
御手洗靖大(早稲田大学大学院文学研究科 M1)