楽しく手入れされた庭

著 烏賀陽 百合

広間から見る庭

苔の美しさに心打たれる庭

苔の庭はお手入れが難しい。せっかく苔を植えても上手くつかなかったり、夏の暑さで枯れてしまったりする。近隣にマンションが建つと陰になり風通しも悪くなって、良い苔がなかなか育たない。しかし丹精にお手入れすると、手間をかけた分だけ綺麗な苔が育つ。

弘道館の庭は、その苔の美しさに心打たれる。松やもみじのちょうどよい木漏れ日に、キラキラと光る苔。そこに美しいバランスで飛石が打たれ、茶室へと続いている。誰もが憧れる「市中の山居」の景が広がっている。2009年に館長の濱崎加奈子さんが弘道館を託された時は、庭は荒れ果て、ジャングルのように草が生えていた。一生懸命草を刈ると、そこに手水鉢が現れ、織部灯籠も「発掘」された。そこからお手入れを続け、11年でここまで美しい景色となった。

露地の飛び石

蹲踞

露路庭の灯籠

弘道館の庭は、「露地」の庭だ。招待された客は露地を通って世俗を離れ、茶会という別世界へと誘われる。寺社仏閣の宗教的な庭とは違い、灯籠や手水鉢、延段などの一つ一つが、客を迎え入れるために配置されている。それらを眺めながら歩くのはとても楽しい。表門をくぐると自然石を使った、真行草の「草」の延段がすらりとのびる。道の傍に置かれた桐と菊の紋が入った太閤型灯籠や、笠のカーブがなだらかに落ちる利久型灯籠が、場の雰囲気を上品にしている。庭の中で一際目を引くのが、火袋の赤い石が印象的な寄せ灯籠。これは白川太閤石という豊臣秀吉の時代に切り出した花崗岩が、火事などの火にかかり赤く変色したもの。この赤い火袋に合わせて、笠や竿の部分が寄せてある。こういう面白い灯籠がさらりと据えられているところがなんとも粋だ。

太閤型灯籠

火袋の赤い石が印象的な寄せ灯籠

亭主のもてなしの表現を楽しむ

こんなに美しいお庭をどうやってお手入れされてるのか教えていただこうと庭師さんへの取材をお願いした。

「どうも、庭師の’植達’です。」

いらっしゃったのは太田達さんだった。茶会の前はもちろんのこと、毎日の庭のお手入れや雑草取り、木の剪定も太田さんがやっておられるという。更に驚いたのは、茶会毎に手水鉢の高さを変えたり、お庭の様子を変えておられる。古田織部をテーマにした茶会では岐阜までススキを取って来て、庭に植えたそうだ。

美しく手入れされた庭は、亭主のもてなしの心の表れだ。客はこの庭で自然に触れ、飛石を渡り、蹲踞で心を浄めて茶会に向けての気持ちを整える。茶会は、客と亭主の「心遣い」が結びつく場所。お互いの心が寄り添って、特別な景色になる。弘道館の庭は、内と外、人と自然を結びつけるだけでなく、ここで憩う人々の「心を繋ぐ」場所なのだ。

啐啄斎好七畳から眺めた庭

烏賀陽 百合
庭園デザイナー、庭園コーディネーター、庭園ナビゲーター

同志社大学文学部日本文化史卒業。兵庫県立淡路景観園芸学校、園芸本課程卒業。カナダ・ナイアガラ園芸学校で園芸、デザインを3年間勉強。またイギリスの王立キューガーデンでインターンを経験。
これまで30ヶ国を旅し、世界の庭園を見てまわる。2017年3月ニューヨークのグランドセントラル駅、2021年1月新宿、京王プラザホテルロビーに日本庭園を作り、プロデュースした。
現在全国のNHK文化センターや、まいまい京都、毎日新聞旅行などで庭園講座やツアーを開催。また京都紀行番組などで庭園を紹介する。

著書:
「一度は行ってみたい 京都 絶景庭園」(光文社知恵の森文庫)
「しかけに感動する京都名庭園」(誠文堂新光社)
「ここが見どころ 京都の名庭」(淡交社)
「しかけにときめく京都名庭園」(誠文堂新光社)
「しかけに感動する 東京名庭園」(誠文堂新光社)
「京都 もてなしの庭」(青幻舎)
「美しい苔の庭」(エクスナレッジ)