長い年月をかけて熟成された文化を壊さないように、問題を〝自分事〟としてとらえてほしい―KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭共同創設者・共同ディレクター、ルシール・レイボーズ氏、仲西祐介氏

写真家のルシール・レイボースさんと濱崎加奈子さん(現・有斐斎弘道館館長)、太田達さん(同理事)が知り合ったのは15年以上も前。パリでの茶会に参加するなど交流を深めてきたそう。やがてルシールさんは東京に移り住み、2011年からは京都を拠点として活動。そして2013年、ルシールさんは照明家の仲西祐介さんと国際的な写真フェスティバル「KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭」を創設し、弘道館もその会場となりました。昨年、2019年に10周年を迎えた弘道館と、2020年8回目の開催を前にしたKYOTOGRAPHIE(9月19日~10月18日)。両者の関わりと日本の文化についての想いをルシールさん、仲西さんに聞きました。

空間を尊重しながら、アート作品を展示するチャレンジ

KYOTOGRAPHIEは、京都に点在するさまざまな空間とアート作品をマッチングさせて展示する国際的な写真フェスティバルです。アート作品と同時に京都の魅力も感じることができ、第1回から第3回まで、弘道館でも展示をさせていただきました。

弘道館へは、通り沿いにある門をくぐり、細い路地を抜けていきます。その美しいアプローチは、どこの国の人が歩いたとしてもドキドキするでしょう。そしてもうひとつ門をくぐると建物が見えてきてまた心が躍る。建物の中に入って庭を見る。それから外に出て今度は庭から建物を見る。見る方向が変わるだけで全然違った感覚を与えてくれます。そんな弘道館の空間を尊重しながら、写真作品の展示をするということは、私たちにとってもチャレンジでしたし、このチャレンジを太田さんと館長の濱崎加奈子さんが一緒にやってくださいました。

茶会を通しても、世界中の人々に日本文化を伝える

日本家屋に写真を展示するということは、私たちにとっては弘道館が初めての試みでした。日本家屋というのは、襖や障子で区切られていて、床は畳。何かを飾るのは基本的に床の間だけといった造りをしています。それでは一部屋に1点しか展示ができません。西洋では、写真はプリントしたものを額に入れて壁にかけてみますが、その概念を一回壊して、和室を写真展示のしつらえにする工夫が必要でした。

弘道館で展示するにあたっては、畳に座って作品を1点ずつみる文机のような写真スタンドを制作しました。そのほかにも、作品を巨大な掛け軸にしたり、屏風を三角形に立てたり。会場によってさまざまな工夫をしてきました。

さらに会期中には弘道館で茶会を開いていただき、国際的なアーティストやアート関係者を招きました。世界中の人々に、日本を、特に京都を体験してもらいたいと考えてのことです。弘道館では、展示作品に合った趣向で、ゲストをもてなしてくださいました。海外の人たちにも「茶会には決められた形式がある」ということは知られていましたが、自由にお茶を楽しむ日本人のユニークさを新鮮に感じてくれたようです。

KYOTOGRAPHIEの展示は会期が1か月と長いこともあり、弘道館での展示は第3回までとなりましたが、その後もトークイベントや茶会などを開催させていただいています。

急激な暮らしの変化で、「必要ない」とされる。その危機感。

オリンピックを控えて、ここ数年、ものすごい勢いで古い建物が壊されています。「壊されるもの」=「必要ないもの」ではありません。日本の美しい伝統的な建物には技術的にも大変な価値があり、まだまだ利用できるものが多くあります。

2020年のKYOTOGRAPHIEのテーマは「VISION」としました。会場の一つでは、壊されていく町家をテーマにしたオランダ人アーティストのインスタレーション展示を行う予定です。これまでKYOTOGRAPHIEでも、町家を会場として使用させていただくことも多く、そういった建物を残してくれている人たちに本当に感謝しています。ですが、次々に建物は壊されていく。これが今の京都の姿です。使っていかないと消えてしまう。伝統的なものを暮らしのなかでどう生かしていくのかを考えていかなければ、何百年もかけて熟成されてきた文化が、ほんの何十年の暮らしの変化で消えてしまいます。これはとても残念なことです。

たとえ社会に問題があったとしても、直視する機会がないままに、〝他人事〟になってしまっていることが多くあります。そうではなく、いろいろなことが〝自分事〟として考えられたとき、解決に向かうことができるはずです。「VISION」という言葉にはKYOTOGRAPHIEがそのきっかけになればというメッセージを込めています。

弘道館が残る。そのことが次世代へのメッセージになる

日本は、外国と比べて、驚くほど多くの伝統的なものと現代的なものが共存しています。なかでも京都は素晴らしかった。しかし、この10年でその伝統の部分には変化が生じています。観光が文化を利用しているうちに、文化がなくなって、観光だけになりつつあるのではないでしょうか。それでは、歴史や文化を感じるための場所が、まるでテーマパークのようになってしまいます。オリンピックのような短期的なイベントのために、文化を利用するのではなく、永続的に育てていくのが文化です。そういうことを忘れないでいてほしいと思います。

日本だけではなく、世界中の問題ですが、人間が持つ、基本的な暮らしや精神はだんだんと失われつつあります。その大きな原因は教育にあると思います。日本人が大切にしてきた精神や美意識。本来、教え、受け継がれてきたものが薄れてきていませんか? 弘道館はもともと教育の場でした。そして今もその活動を受け継いでいる。その存在意義はますます高まっています。弘道館のような場所が残っていくことは大きなメッセージになるでしょう。

プロフィール〉 ルシール・レイボーズ氏
写真家。1973年生まれ。幼少期を過ごしたアフリカで写真を始める。1999年、坂本龍一のオペラ「Life」参加のために来日。ポートレート写真を得意とし、ブルーノートやヴァーヴといったレーベルのレコードジャケットの撮影を手がけた経験を持つ。アフリカと日本を拠点に、数々の展覧会で作品を発表。主な個展に「Visa pour l’image」(2001)「Phillips de Pury in New York」(2007)、CHANEL NEXUSHALL(2011)などがある。『Batammaba』(Gallimard)『Sourse, Belles de Bamako』、平野啓一郎との共著『Impressions du Japon』(共にEditions de la Martinière)などの作品集を出す。

プロフィール〉仲西祐介氏
照明家。1968年生まれ。京都在住。世界中を旅し、記憶に残された光のイメージを光と影で表現している。映画、舞台、コンサート、ファッションショー、インテリアなど様々なフィールドで照明を手がける。アート作品として「eatable lights」「Tamashii」などのライティング・オブジェを制作。また原美術館(東京)、School Gallery(Paris)、「Nuits Blanche」(京都)でライティング・インスタレーションを発表する。



photo by Isabel Munoz