<茶席菓子 実作部門>

瑞雲

大賞: 「瑞雲」

作:上坂優太朗

講評:誰が袖形のこなし生地を青紫と紫に染め分けて雲をあらわし、その上に菊紋を大胆にあしらった作品は、源氏物語が描く平安時代の貴族世界をよく映し出している。古典的な技法を駆使しながらも、誰が袖の袖先の形状や、あえて大きな菊の型を用いてその存在感を出すなど、随所に工夫が見られる。斬新でありながら全体として格調高くまとまっており、また、切った時の色合いの調和や口どけの柔らかさもよく、総合的に高い評価を得た。

若紫

優秀賞: 「若紫」

作:久永弘昭

講評:光源氏を一目で虜にした紫の上の美しい容姿を青と赤の錦玉で抽象的に表現した作品。また、味甚羹をすだれの上に流し入れることで、御簾の奥にいる紫の上を表現している。ヒロイン若紫の夢であり、また悲劇性を帯びた生涯が、人生の淀みから美しく浮かび上がってくるようで印象深く、作品を見れば見るほど、また、味わえば味わうほどに制作者の源氏物語のこの場面に対する思いがあふれでて、味わい深い。一見ふつうに見えるが、作品を深く読み込み、京菓子の美しさをていねいに表現している。

想ひ風

優秀賞: 「想ひ風」

作:鈴木万久美

講評:野分で御簾が吹き上げられ、紫の上の姿を垣間見た夕霧の心情を、その情景とあわせて一つの菓子に見事に結晶させた作品。構造としてはシンプルながら、羊羹と錦玉羹という素材の違いや色の対比によって人物の心情をあらわすという、菓子の表現の深さを熟知した上で、より繊細な表現に取り組んでおり、夕霧の気持ちの揺らぎや紫の上への思いが伝わってくる。羊羹と錦玉に違和感なく、食感のバランスも良い。

<工芸菓子 実作部門>

篝火

大賞: 「篝火」

作:植村健士
講評:公募展で初となる工芸菓子部門大賞作品。小さな枠の中に、これぞ工芸菓子という写実の妙が生きていて、同時に、篝火のみならず、十二単衣の襲の部分がシンボライズされており、物語が感じられる。見れば見るほど、源氏物語が描く宮廷の華やかな世界への想像力が高まり、面白い。また、夜に篝火がたかれており、萩が揺れているという、工芸菓子として表現することが難しい情景にあえて取り組まれて成功しており、工芸菓子の可能性を新たに切り拓いている。

夕顔との出逢い

優秀賞: 「夕顔との出逢い」

作:西川佳菜
講評:楷書の美しさである。造形モチーフとしては直接的な表現であるが、一見シンプルでありながら匠の技を感じる点が評価される。白と白を重ねるところが新鮮で、シンプルな美しさが目をひく。白と黒のコントラストも美しい。表現意図が明解であることも、工芸菓子として評価される。夕顔との出逢いの場面に対する、物語へのより深い読み込みがあれば、一層テーマに合致した優れた作品となるだろう。

<デザイン部門>

朧の光

大賞: 「朧の光」

デザイン:福田恵

講評:桜花の宴で出会った女性のことを思い、扇の裏に書いた歌「世に知らぬここちこそすれ有明の月のゆくへを空にまがへて」(今までに感じたことのない心地がする。有明の月の行方を空で見失ってしまって、の意)を題材にしている。朧月夜の君を「月」で表現しようとしたところが面白く、また形状がユニークで目をひく。ただ、コンセプトはやや分かりにくく、物語があらわす人物像や心情の形象化についても説得力が弱い。新たな菓子の可能性に挑戦している点を最大の評価ポイントとした。

露衣

優秀賞: 「露衣」

デザイン:辻登喜子

講評:最愛の紫の上を永遠に失ってしまった光源氏の悲しみが、上品かつ美しく表現されており高く評価する。京菓子に込められた物語性の素晴らしさを感じる。源氏物語の作品としての性格と菓子的な表現が巧みに合わさって、涙の露のひとしずくが菓子の邪魔をせずに姿がよく、効果的である。全体に繊細で儚く、色の襲も美しい。

<学生部門>

燦爛

学生賞: 「燦爛」

デザイン:齋藤日和

講評:若紫から紫の上へと成長しても、愛らしく可愛い心は変わらない。そんな気持ちを、餡をそっと包むことによって表現している。新しさと個性を備えた魅力的な作品である。菓子としても、紫と黄をうすい白でつつみこんだ姿が美しく、斬新である。ただし、紫の上の解釈、表現に若干の違和感を覚える。テーマである「源氏物語」を読み込み、再度試みていただけたら、一層素晴らしい作品になるだろう。

<審査員特別賞>

賀茂祭

京都市長賞: 「賀茂祭」(茶席菓子実作部門)

作者:田代早苗

講評:蓮根を御所車に見立てたところに意外性と面白さがある。また、蓮根は穴が空いているところから、千年先を見通せると考えることもできる。

空想う

田中一雄賞: 「空想う」(茶席菓子実作部門)

作者:笹井真美

講評:思いもかけず夕顔を失い、失意の底で火葬の煙を夕日の空に見送る切なさが良く表現されている。京菓子の中に無限の空間が込められた秀作であり高く評価したい。

栄枯盛衰

笹岡隆甫賞: 「栄枯盛衰」(茶席菓子実作部門)

作者:小林弘典

講評:涼やかな色目に、まず目を惹かれた。
淡い青の中に浮かぶ秋色が美しい。
口に含んだ瞬間の食感の変化も楽しい。

片恋

家塚智子賞: 「片恋」(茶席菓子実作部門)

作者:片岡聖子

講評:まず美しいたたずまいに、目が留まりました。黒文字を入れると、はらはらと崩れそうで、少し躊躇いましたが、黒文字を入れないと目にすることのない餡にも驚かされました。普段会うことのない紫の上、玉鬘の姿を垣間見た夕霧の気持ちになったようでした。そんな作品との対話も楽しいひとときでした。

残菊の宴

廣瀬千紗子賞: 「残菊の宴」(茶席菓子実作部門)

作者:片岡聖子

講評:地味に見えるが、コンセプトの「残菊」がよく表現されており、染分もアイデアだと思う。

重ね舞

古典の日推進委員会賞: 「重ね舞」(工芸菓子実作部門)

作者:濱﨑清司

講評:作者の源氏物語への愛情がよく表れた作品だと思います。
ただ単に源氏の一情景をかたどったものでなく、作品を一度読み込んだうえで、そのスピリットを象徴化して表現しています。場面は「紅葉賀」でしょうか。華やかな女官たちの襲と庭に散る紅葉の華やかな色合い。その中で舞う光源氏と頭中将の華麗な平安絵巻が見事に表現されています。お盆の選択もよいですね。

想ひ風

鈴木宗博賞: 「想ひ風」(茶席菓子実作部門)

作者:鈴木万久美

講評:羊かんに重さもなく、紫を表現し、草木をゆれる夕霧の心。
しかし食感はとても調和した菓子である。

愛執

濱崎加奈子賞: 「愛執」(茶席菓子実作部門)

作者:小林優子

講評:淡雪羹と錦玉の組み合わせ、造形的なバランスが秀逸である。ただ、コンセプトが造形としてぴったり昇華されているかについては検討を要する。やや説明過多ともいえ、表現したい内容を盛り込みすぎているともいえるだろう。しかしながら、そのことを超えて、菓子としての美しさがあり、忘れられない印象を与える。安定感と不安定感が絶妙な均衡を得ており、心にある種のひっかかりを覚えるところが、源氏物語の奥深さを捉えているようにも思える。淡雪羹の形状のシャープさなど技巧的にも特筆すべきところがある。

全体を通しての講評

門川大作(京都府京都市長)

京菓子公募展「手のひらの自然」を毎年拝見しておりますが、素晴らしい取り組みと感じています。千年を超える京の都にあって、茶道や京菓子は、文化芸術の主人公といってもよいと思います。
京都市では、「京の菓子文化」は「季節と暮らしをつなぐ心の和(なごみ)」として、「京都をつなぐ無形文化遺産」に選定しています。
自然を感じ、人々を癒す京の菓子文化は、日本ならではのものではないかと思います。美味しさと美しさと精神性が、手のひらにのるほどの小さな菓子の世界が、茶道や華道のように「菓道」として、さらに継承され、広まっていくことを願っています。
(2018年10月21日 授賞式での市長挨拶より)


田中一雄(株式会社 GK デザイン機構 代表取締役 社長)

今回、初めて京菓子デザインの審査員を務めせて頂きました。
日頃、東京のビジネス社会に生きていると、人として一番大切な「心」を忘れがちになります。
京菓子の世界は、そうした人の「心」を思い起こさせる素晴らしい力を持っていると感じました。
テーマとなった「源氏物語」を掌の中の小さな世界に込めたデザインは、
奥深い魅力に溢れており感動しました。ものがたりを京菓子というカタチへ転換させる発想力、そして発想されたデザインを実際の京菓子へと着地させる具現化力、この二つの夢と匠の組み合わせが人の「心」を動かします。
これからも、京菓子の更なる展開に期待致します。


笹岡隆甫(華道「未生流笹岡」家元)

源氏物語を題材にした色鮮やかな京菓子の数々が並ぶさまは、絵巻物を見ているように美しく、楽しい。
意匠はもちろん、味や食感のおもしろさなど、それぞれに工夫を凝らしており、見ごたえがあった。
源氏物語の文脈を読み解き、しっかりとしたコンセプトを創り、デザインに反映した力作が多くみられた。
品のよい色調で構成されたグラデーションやアシンメトリーの妙味など、色彩や意匠で表現された「移ろいの美」に、特に興味をひかれた。それらの日本的なデザインは、いけばなにも通じる。


家塚智子(宇治市源氏物語ミュージアム学芸員)

『源氏物語』という長大なテキストが、「京菓子」という小さな立体物になるのか、とにかく楽しみでした。
 評価をする上で、茶席で「食べる」ということを意識しました。『源氏物語』にはたくさんの登場人物がおり、ひとりひとりにドラマがあり、喜怒哀楽があります。どれも印象的ですが、他の美術工芸品と異なり、「食べる」ということを考えると、できるだけ負の要素は避けた方が良いと思いました。そして、ひとつの京菓子を手にしたとき、場が和むだけではなく、京菓子という凝縮された空間から、物語の世界、あるいは京菓子の魅力、可能性が広がるような作品を選びました。
『源氏物語』が世に出て以来、先人たちは、この物語と向き合い、新しいものを創り出そうかと、挑んできました。源氏絵、源氏詞、源氏香等々、「源氏」を冠し、物語を象徴する文化も育まれました。これらを用いれば『源氏物語』を暗示するという知識が共有され、規範と革新のなかで、数多の芸術が創り出されました。今回の作品には、そうした「お約束」「記号」が少なかったのが、正直意外でした。と同時に、お約束がなくても『源氏物語』であることには変わらないと思いました。これからも『源氏物語』は創り出されていくでしょうし、そんな『源氏物語』の強さを、京菓子を通して再認識しました。
「京菓子」の可能性が、ますます広がっていくことに期待したいと思います。


廣瀬千紗子(同志社女子大学 特任教授)

今年のテーマは、世界の古典文学の代表のような『源氏物語』である。作品のボリュームや、文学作品として読み継がれた歴史を考えると、難題ともいえるが、その分、また豊かなイメージが喚起されるだろうと思われた。はたして、応募された作品は形状も、色彩も実にさまざま。多彩なデザインで、京菓子としての風格は保ちながら、ユニークなものが多かった。『源氏物語』五四帖を原文で通読するのは至難だが、現代語訳あり、コミックあり。アプローチの仕方はいくらもある。とりわけ、豪華絢爛な絵巻は見逃せない。さすがに偉大な古典の包容力というべきか、それぞれ自分仕様の源氏菓子に、その人の物語が宿っていた。なかでも、さわやかな色彩、明確な形、さりげないアイデア、素材への配慮、などが感じられる作品が好ましかった。余談ながら、入選作のうち六作品が〈きんとん〉!すべての〈きんとん〉に独自の工夫がみられ、恐るべきことと思った。


山本壯太(古典の日推進委員会ゼネラルプロデューサー)

全体的に見て、作品のレベルは向上していると思います。
多くの作品が、テーマの『源氏物語』を読み込み、そこから自分なりの感じ方、考え方を打ち出して和菓子として表現しようと努力しているのも好感が持てます。
作品個々を見ると、完成度のばらつきが大きく、特に工芸菓子の部門は、より、具象的なだけに、外観にとらわれて作品になりづらかったようです。
茶席菓子実作部門は全体的に優れた作品が多かったですが、込めようとした思いがまだ十分に表現しきれていない残念なものもありました。一層の努力が望まれます。


鈴木宗博(菓子研究家)

今回、全体を見て「源氏物語」と言った題材にすこし作り手が構えてしまい、小さくと言うか、発想がおとなしくなった気がしました。変わったデザインや味が、決して良い訳ではないですが、普段少し違和感があるデザインであっても、タイトルや趣向によってはピッタリと合う物が生み出される物があると思います。
源氏物語を深く知り作っても作意的になりすぎると逆に伝わらない物ができたりと、発想を形にするのは大変難しい事ですが、あらゆる角度から発想を考えるのは何かを作りあげる一番大切な基本ではないかと思われます。
色々悩んで生み出された作品に点をつけるのは苦しい事ですが、多くの良い作品に出合えた事を感謝いたします。


濱崎加奈子(専修大学 准教授、有斐斎弘道館 館長)

京菓子という、世界にも類をみない素晴らしい文化を<体験>として広く伝えるために始まった京菓子公募展。これまで琳派や百人一首などのテーマで行われたが、「源氏物語」には、日本人の根底に深く響くさまざまな要素が散りばめられていることを、菓子を通して、改めて知らされた思いである。それぞれの時代において常に憧れの対象として繰り返し新たな形で再生されてきた王朝文化が、現代においてもなお確かなエネルギーを携えており、とりわけ菓子にすることによって、それが吹きあがってくるのを見ることができた。それは、古典は生きている、ということである。抽象的な表現として形象化する京菓子には、古典を深く読み込む視点と、幅広く捉えて遊ぶ心の両方が必要と感じている。それは作り手も、受け取り手も、同様である。京菓子展をきっかけとして、源氏物語をはじめとする古典文学の世界に親しみ、またそれを遊ぶ楽しみを知る方がひとりでも増えることを願っている。



 備考:
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