<実作部門>

想ひ袖

大賞: 「想ひ袖」

作:小林優子(こばやし・ゆうこ)
参考:「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」光孝天皇

講評:雪の表現が秀逸である。衣を濡らす雪どけのしずくでしょうか。古典的な京菓子の衣の表現のうえに、斬新な新しい「かたち」をうまく融合して、「新しい古典」となっているところが、まさに「京菓子」的であり、評価される。また、「春」を自然と感じ取ることのできる「色」も、京菓子らしい感性にあふれている。若菜を摘む女性の気持ちがよく表現されていて印象的な菓子である。

つきあかり

優秀賞: 「つきあかり」

作:匹田順治(ひきた・じゅんじ)
参考:「秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ」左京大夫顕輔

講評:「月の光」という難しいテーマを繊細に表現している。丸くくり抜かれた部分が美しい。見た目は少し堅いのではないかと感じたが、ほど良いやわらかさと日本酒を入れた錦玉が心地よい清涼感を表現しており、抹茶ともあう味に仕上げているのには驚かされた。まさに美味しい日本美である。茶席以外でもシャンパンや白ワインなどとも合いそうな、新しい京菓子の姿を見た。

<デザイン部門>

清流(せいりゅう)

大賞: 「清流(せいりゅう)」

デザイン:古島一行(こじま・かずゆき)
参考:「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」崇徳院

講評:歌に込められた心象風景が作者のオリジナリティによって見事にひとつの菓子に表現されている。「わかれてもまた会います」という心を「緑」で表現しているのだろうか。意匠を構築すると同時に菓子の食べやすさを考慮した完成度の高い作品として評価された。ただ、「この歌のテーマとデザインは違うようにも思う」という意見もだされた。また「コンセプトが意匠より勝っている点が惜しい」という意見もあった。さらに深い和歌の読みと、京菓子としての洗練が課題となるだろう。

scarlet/深紅

優秀賞: 「scarlet/深紅」

デザイン:Eliska Konupkova(エリシュカ・コヌープコヴァー)
参考:「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」在原業平朝臣

講評:和歌のイメージを、色遣いも形も大胆に表現した作品。「からくれゐ」の感覚に新鮮なものを感じた。竜田川が紅葉によって水を真っ赤に染め上げている様子が、深紅のメイプルツリーと重なり新しい和洋折衷の京菓子が見える。京菓子のイメージからすれば思いきりの必要な赤いデザインだが、同じような赤を使いつつも錦玉素材を使うことにより、面白い菓子に出来上がっているといえる。派手な色彩でありながら興味をそそる美しさがあるところがこの菓子の面白味なのだろう。

純雪

学生特別賞: 「純雪」

デザイン:五十嵐遥香(いからし・はるか)
参考:「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」光孝天皇

講評:雪の白さを真丸の形体とその白色で表し、若菜をもえぎ色でわずかに点じている。和歌のイメージを見事に菓子化しているところが大いに評価される。単純明快な美しさが、京菓子らしく、また、うす緑の春の若草を食してみたいと思わせてくれるところもよい。今後が期待される。

<審査員特別賞>

紅水染(もみじ)

京都市長賞: 「紅水染(もみじ)」(実作部門)

作者:前田亜紀(まえだ・あき)
参考:「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」在原業平朝臣

講評:歌の心がよく表現されており、見た目に美しい。また、錦玉と白餡の二種類の素材の組み合わせが、ことのほか美味しく、まさに総合的な文化としての「京菓子」を体現した菓子として高く評価する。なお、本年「京都をつなぐ無形文化遺産」として「京の菓子文化」が認定された。その初年にふさわしい菓子であり、受賞者の今後の活躍が期待される。

藻塩火

古典の日推進委員会特別賞: 「藻塩火」(実作部門)

作者:寺田庄吾(てらだ・しょうご)
参考:「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」権中納言定家

講評:全ての装飾をはぎ取った四角くシンプルな形態。中心から藻塩火の赤々とした炎が噴き出し、灼熱の表面には筋状になった象牙色の塩の結晶が浮き出している。生き生きとした生命を内に宿した力強い造形である。寺田さんのこのお菓子からは、切ない思いを藻塩火に託して、尚、軟弱な恋の歌でない定家の心情が立ち昇ってくるようです。

篝火

冷泉為人賞: 「篝火」(実作部門)

作者:藤原夕貴(ふじわら・ゆき)
参考:「みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ」大中臣能宣

講評:単純明快な形色!夜勤の寒さに対して暖・火を紅で表現していることがおもしろい。

鏡花水月

廣瀬千紗子賞: 「鏡花水月」(実作部門)

作者:高地望(こうち・のぞみ)
参考:「秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ」左京大夫顕輔

講評:きんとんとさつまいも餡のバランスが良く、とにかく美味しい!秋風、雲、月の影という和歌のテーマとよく調和している。あくまで柔らかい、きんとんの〈雲の絶え間〉に楊枝を入れた瞬間に、なかから黄色い餡が少し見えて来るのが、〈もれ出づる月の影〉を思わせる。そこまで計算されていたかどうかは分からないが、食べるときの動きを伴って歌が現れると感じた。一見、目立たないようだが、控えめなところが却ってふさわしく、なかなか味わい深いものがある。

つきあかり

土佐尚子賞 「つきあかり」(実作部門)

デザイン:匹田順次(ひきた・じゅんじ)
参考:「秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ」左京大夫顕輔

講評:「月の光」という難しいテーマを繊細に表現している。美味しい日本美である。茶席以外でもシャンパンや白ワインなどとも合いそうな新しい京菓子の姿を見た。

つきあかり

鈴木宗博賞 「つきあかり」(実作部門)

デザイン:匹田順次(ひきた・じゅんじ)
参考:「秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ」左京大夫顕輔

講評:丸くくり抜かれた部分が美しく、見た目は少し堅い錦玉と感じたものの、ほど良いやわらかさと日本酒を入れた錦玉が心地よい清涼感を表現している。月と秋風が美しく表現され、甘さのみにこだわらず、日本酒を入れた清涼感でデザイン、味に違和感を持たせない絶妙のバランスを兼ねている。

韓紅

杉本節子賞 「韓紅」(デザイン部門)

作者:五十嵐浩子(いがらし・ひろこ)
参考:「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」在原業平朝臣

講評:歌に詠まれる情景を菓子の色とディテールでストレートに表現していることに重ねて、作者の在原業平の冠と唐衣を彷彿とさせる生地の意匠は、目にした者に和歌の世界そのものを楽しませる。

弱緒

濱崎加奈子賞 「弱緒」(実作部門)

作者:岩井恵子(いわい・けいこ)
参考:「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする」式子内親王

講評:自らの命を「絶えてしまうなら、今絶えておくれ」という。赤に赤を重ねたこなしの色が、いかにも恋多き式子内親王らしく、迫りくる。「玉の緒」の「緒」を造形化して恋心を表しているのだろうが、「絶え」「ながらへ」「よわり」は「緒」の縁語であり、「緒」をもって形象化していることへの深さを感じる。なお、この菓子については、「コンセプトにある<恋心をはさみで切る>という印象は受けないが、色・形は和菓子らしくて好ましい」との意見もあり、その通りだろう。コンセプトにもまさる造形の力があって、そこに見る者はハッとさせられる。

 備考:
著作権について:本サイトに掲載している京菓子(銘、意匠、写真ほか)の著作権は公益財団法人有斐斎弘道館に帰属します。転載・転用する場合は、事前にお問い合わせいただきますようお願いします。
写真撮影:久保田狐庵


全体を通しての講評

冷泉為人(財団法人冷泉家時雨亭文庫 理事長)

今回のテーマが蕪村と若冲の作品から京菓子をデザインし、それを創るということであったようですが、そのイメージの原点の絵画に捉われすぎて、その絵の画題とその表現された絵画への理解が、どうも不足しているように見受けられました。
すなわちその絵画からあるイメージを起こし、それを菓子の銘とその菓子の姿かたちにまで表現するのが大事だということです。さらに言い換えますと、その菓子の銘を、素材と技術を活かして5cmそこそこの大きさと形でもって創造するということです。さらには実際の菓子になりますと、「おいしさ」「経済性」のことなども勘案しなければなりません。
これはなかなか難しいことです。松尾芭蕉は俳諧作りには“不易流行”が大事であると言っています。「変わらないもの」と「変わっていくもの」―つまり「伝統」と「革新」がせめぎ合うところからしか新しいものの創造はないと考えていたようです。
京都というところは、これらのことを各時代通して常に繰り返し、繰り返し行っているところです。
いずれにしても、趣味の菓子作りか、商品としての菓子か、ということが基本的にはあるのではないかと思います。いろいろと難しいことが多くありますが、頑張ってください。


廣瀬千紗子(同志社女子大学 特任教授)

今年のテーマは「蕪村と若冲」。ふたりは同年生まれで、一時期、京都で近くに住んでいました。その画風は全然違うようにも見えますが、案外、重なるところもありそうです。
俳人でもある蕪村の“句”から発想した作品もみられ、この公募展の新たな方向性を示して、たいへん興味深かったのですが、応募作のテーマの多くには若冲が選ばれていました。同時代の蕪村の世界を、菓子で新たに表現するとすれば、どうなるか? ―これはなかなか難問だったようです。
応募数が増えるにしたがって、年々、水準も上がってきており、実作部門にもデザイン部門にも、出来上がりが楽しみな作品が増えたと思います。今年から学生部門が設けられたことにも、展望がもてます。ただ、デザインが斬新になればなるほど、京菓子らしさが失われるというジレンマも。形は菓子らしさを保ちつつも、色彩が菓子ばなれしているものもありました。あくまでも食べ物としての菓子という枠のなかで、やはりここは、現代の「用の美」が期待されるところだと思います。


鈴木宗博(菓子研究家)


土佐尚子(アーティスト、京都大学 教授)

俳句や絵画を和菓子にすることはイメージがふくらみ、たいへん面白い試みです。今回の審査で、私が評価したのは茶席菓子実作部門の「悠々」という作品。形の新規性、そして懐かしさもあり、しかもおいしそうだったのが印象に残りました。
最後に、そろそろ3Dプリンターで作られた京菓子の登場を望むところです。また、その逆で3Dプリンターでは絶対にできない京菓子もぜひ見たい、と思っています。


杉本節子(料理研究家、公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会 常務理事兼事務局長)

蕪村と若冲、いずれを選ぶにせよその世界観は、手のひらの菓子に写し取るのに、比較的、特徴を捉えやすいものであったことが応募作品から感じられました。それだけに、通りいっぺんにならないような造形への思考、工夫が凝らされた作品に心魅かれるものがあったように思います。
この公募は、江戸時代の京都に花咲いた芸術を、ひとつの和菓子に象徴させることを試みるものです。京菓子の新しい表現へのステップアップを若い応募者の作品の中に見出せたことが、たいへん印象的でした。


濱崎加奈子(専修大学 准教授、有斐斎弘道館 館長)

公募による菓子展も3年目を迎えました。「京菓子とは何か?」「なぜ公募にするのか?」「なぜ若冲のような難しいテーマをもうけるのか?」などという問いをつねに投げかけていただきながら、ついに審査の日を迎えました。ドキドキとしながら蓋をあけてみますと、去年にも増して多くの応募をいただいたとのこと。まずはご応募くださった方々に、心より感謝を申し上げます。そして、デザイン画や実作の写真をみて、去年よりも選ぶのが難しい、つまり、大きくレベルが上がっているという、嬉しい悩みを抱えることとなりました。ここに発表させていただくのは、先生方と長い時間をかけて、評価と議論を重ねた結果です。
さて、毎回、審査の過程で「京菓子とは何か?」という、そもそもの定義への議論が巻き起こります。その議論が楽しいのですが・・・ 答えは永遠に出されないことでしょう。しかし、毎年少しずつ、それが紐解かれていくかのような感覚を味わっています。
京菓子とは何か。一言で言い表すこともできないし、人によって見解も異なるけれど、だからこそ面白いのだと実感しています。これこそが「文化」なのだと、その歴史の重みに頭の下がる思いをするとともに、ここにまた新たな歴史の一歩が刻まれる喜びを感じております。
今後も、より多くの方々に、伝統理解と文化創造の「主体者」として「参加」していただくために、「公募」という仕掛けを続けていくことができればと思っております。