<実作部門>

百花の王

大賞: 「百花の王」

作:幾世橋陽子(きよはし・ようこ)
参考:伊藤若冲「動植綵絵 老松孔雀図」

空に伸び立つような形状が面白く、ハッとさせられる。らせん状に羽根を組み合わせたバランスが良い。京菓子としての気品と、端正なたたずまいに、作者の感性の豊かさ、菓子創りに対する真摯な心を感じる。孔雀の羽根の色をもうひとひねりすれば、さらに良くなるのではないかという意見もあった。

遊びの跡

優秀賞: 「遊びの跡」

作:秋山亜弓(あきやま・あゆみ)
参考:与謝蕪村「春雨にぬれつつ屋根の手毬かな」

句の要素がうまく抽出できている。しかも、説明的ではなく、自然と遊びの心を思い出させてくれる、懐かしく、また優しい気持ちにさせてくれる菓子に昇華している。伝統的なものを踏まえつつ、薯蕷の定番であるまん丸をわずかに縦長にしてある点が注目され、そのスリム感が新しい。伝統を損なわずに一歩を踏み出している、その微妙な加減が秀逸だと評価された。水滴も効果的。

埋み火(うずみび)

優秀賞: 「埋み火(うずみび)」

作:寺田庄吾(てらだ・しょうご)
参考:与謝蕪村「うづみ火や終(つひ)には煮ゆる鍋のもの」

炉や火鉢の灰にうずめた炭火を「埋み火」という。冬の寒い夜は埋み火をしておくと、朝までじんわりと部屋が暖かい。そんな、炭火をじっと見つめる目。それは、句を作る蕪村の目であり、句を鑑賞する者の目であり、京菓子を手にとる者の目でもある。銘の付け方も上手い。菓子とよく合っている。

<デザイン部門>

雪月景色(ゆきつきげしき)

大賞: 「雪月景色(ゆきつきげしき)」

デザイン:黄慶浩(こう・よしひろ)
参考:与謝蕪村「王子猷訪戴安道図」

シンプルさと、白一色の世界の美しさ、また抽象的な表現における京菓子としての新しさが評価された。形状については、シャープさが新鮮だという意見とともに、単調で硬いという意見もあった。また、デザイン画の時点では、食べたい気にならないという厳しい声もあった。さらに京菓子の可能性を追求してほしい。

破の葉

優秀賞: 「破の葉」

デザイン:濱崎須雅子(はまさき・すがこ)
参考:伊藤若冲「玄圃瑤華」

もとの若冲作品をよく写し取っている点が評価された。墨拓版画のモノクロームの世界が、三次元の菓子となって生き生きと動き出すようで、作品を見ている楽しさがそのまま体験できる菓子ともいえる。虫食いの葉に注目した点がユニークで、古典をふまえながらも、これまでにない造形となった。

列松

優秀賞: 「列松」

デザイン:松村一樹(まつむら・かずき)
参考:与謝蕪村「富嶽列松図」

デザイン画のとおりに色のコントラストも出て、味わい深い印象の菓子となった。参考作品は、雪空を背景に真っ白な富士山が松林の中に姿をうずめる様子が印象的な画である。その白い富士の姿に考慮した銘にするべきではないか、という意見もあったが、あえて銘を松のほうに持っていくところに面白さがあるという評価もなされた。

雨季

学生特別賞: 「雨季」

デザイン:須賀絢菜(すが・あやな)
参考:与謝蕪村「紫陽花郭公図」

デザイン画を見た瞬間に紫陽花と感じられたこと、またコンセプトがうまく表現されているところが評価された。花びらの部分を掘って色を透かすという、ユニークな手法には、創菓において相当な技術が必要であったが、見事に成功している。全体の形状も斬新である。今後どのような菓子が生み出されるかが楽しみな作品である。

<審査員特別賞>

菊香

廣瀬千紗子賞: 「菊香」(実作部門)

作者:中丸剛志(なかまる・たかし)
参考:伊藤若冲「花笄図天井画」

楊枝を入れるのがためらわれるような美しさを評価した(廣瀬)。
菊というテーマが分かりやすい。二か所に菊の文様を入れるところがユニーク。

鶏鳴(けいめい)

土佐尚子賞 「鶏鳴(けいめい)」(デザイン部門・学生)

デザイン:川合海斗(かわい・かいと)
参考:伊藤若冲「動植綵絵大鶏雌雄図」

この作品の“奇想天外”に、京菓子の未来を感じた(土佐)。
書類審査の時点では、発想は面白いが、リアルすぎて京菓子としてどうかという点で議論が分かれた。実際に京菓子となってみると中央に大きく配されている鶏冠(とさか)の位置なども的を射ており、キレ味のある新しさが評価されることとなった。

若冲の想い

杉本節子賞 「若冲の想い」(実作部門)

作者:笹井真実(ささい・まみ)
参考:伊藤若冲「孔雀鳳凰図」

ブルー系統の色をあえて選び、シズル感(おいしそうな感じ)を出すこと、色相を意識したグラデーションの美しさを表現することへのチャレンジが成功した作品だと思う(杉本)。
色の選び方がうまい。菓子としては難しい色合いを、食べたいと思わせるぎりぎりのところでまとめ上げている点が評価できる。

鹿の子薯蕷

濱崎加奈子賞 「鹿の子薯蕷」(実作部門・工芸菓子)

作者:永田貴子(ながた・たかこ)
参考:与謝蕪村「晩秋遊鹿図屏風」

この菓子を見たとたんに、秋の風情、空気感が一気に広がる感じがした(濱崎)。
適度に抽象化された意匠は、茶席菓子としても秀逸である。これをあえて工芸菓子としたのは、2点ものの作品としての完成度にこだわったためであろう。雌雄の鹿の微妙な差をよく表しており、鑑賞のための菓子という面をよく捉えている。「京菓子としての工芸菓子とは何か」またどうあるべきか、ということを考えさせられ、その意味で、本京菓子展の意義や、「京菓子とは何か」という根源的な問いについても示唆を与えてくれる作品である。


全体を通しての講評

冷泉為人(財団法人冷泉家時雨亭文庫 理事長)

今回のテーマが蕪村と若冲の作品から京菓子をデザインし、それを創るということであったようですが、そのイメージの原点の絵画に捉われすぎて、その絵の画題とその表現された絵画への理解が、どうも不足しているように見受けられました。
すなわちその絵画からあるイメージを起こし、それを菓子の銘とその菓子の姿かたちにまで表現するのが大事だということです。さらに言い換えますと、その菓子の銘を、素材と技術を活かして5cmそこそこの大きさと形でもって創造するということです。さらには実際の菓子になりますと、「おいしさ」「経済性」のことなども勘案しなければなりません。
これはなかなか難しいことです。松尾芭蕉は俳諧作りには“不易流行”が大事であると言っています。「変わらないもの」と「変わっていくもの」―つまり「伝統」と「革新」がせめぎ合うところからしか新しいものの創造はないと考えていたようです。
京都というところは、これらのことを各時代通して常に繰り返し、繰り返し行っているところです。
いずれにしても、趣味の菓子作りか、商品としての菓子か、ということが基本的にはあるのではないかと思います。いろいろと難しいことが多くありますが、頑張ってください。


廣瀬千紗子(同志社女子大学 特任教授)

今年のテーマは「蕪村と若冲」。ふたりは同年生まれで、一時期、京都で近くに住んでいました。その画風は全然違うようにも見えますが、案外、重なるところもありそうです。
俳人でもある蕪村の“句”から発想した作品もみられ、この公募展の新たな方向性を示して、たいへん興味深かったのですが、応募作のテーマの多くには若冲が選ばれていました。同時代の蕪村の世界を、菓子で新たに表現するとすれば、どうなるか? ―これはなかなか難問だったようです。
応募数が増えるにしたがって、年々、水準も上がってきており、実作部門にもデザイン部門にも、出来上がりが楽しみな作品が増えたと思います。今年から学生部門が設けられたことにも、展望がもてます。ただ、デザインが斬新になればなるほど、京菓子らしさが失われるというジレンマも。形は菓子らしさを保ちつつも、色彩が菓子ばなれしているものもありました。あくまでも食べ物としての菓子という枠のなかで、やはりここは、現代の「用の美」が期待されるところだと思います。


土佐尚子(アーティスト、京都大学 教授)

俳句や絵画を和菓子にすることはイメージがふくらみ、たいへん面白い試みです。今回の審査で、私が評価したのは茶席菓子実作部門の「悠々」という作品。形の新規性、そして懐かしさもあり、しかもおいしそうだったのが印象に残りました。
最後に、そろそろ3Dプリンターで作られた京菓子の登場を望むところです。また、その逆で3Dプリンターでは絶対にできない京菓子もぜひ見たい、と思っています。


杉本節子(料理研究家、公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会 常務理事兼事務局長)

蕪村と若冲、いずれを選ぶにせよその世界観は、手のひらの菓子に写し取るのに、比較的、特徴を捉えやすいものであったことが応募作品から感じられました。それだけに、通りいっぺんにならないような造形への思考、工夫が凝らされた作品に心魅かれるものがあったように思います。
この公募は、江戸時代の京都に花咲いた芸術を、ひとつの和菓子に象徴させることを試みるものです。京菓子の新しい表現へのステップアップを若い応募者の作品の中に見出せたことが、たいへん印象的でした。


濱崎加奈子(専修大学 准教授、有斐斎弘道館 館長)

公募による菓子展も3年目を迎えました。「京菓子とは何か?」「なぜ公募にするのか?」「なぜ若冲のような難しいテーマをもうけるのか?」などという問いをつねに投げかけていただきながら、ついに審査の日を迎えました。ドキドキとしながら蓋をあけてみますと、去年にも増して多くの応募をいただいたとのこと。まずはご応募くださった方々に、心より感謝を申し上げます。そして、デザイン画や実作の写真をみて、去年よりも選ぶのが難しい、つまり、大きくレベルが上がっているという、嬉しい悩みを抱えることとなりました。ここに発表させていただくのは、先生方と長い時間をかけて、評価と議論を重ねた結果です。
さて、毎回、審査の過程で「京菓子とは何か?」という、そもそもの定義への議論が巻き起こります。その議論が楽しいのですが・・・ 答えは永遠に出されないことでしょう。しかし、毎年少しずつ、それが紐解かれていくかのような感覚を味わっています。
京菓子とは何か。一言で言い表すこともできないし、人によって見解も異なるけれど、だからこそ面白いのだと実感しています。これこそが「文化」なのだと、その歴史の重みに頭の下がる思いをするとともに、ここにまた新たな歴史の一歩が刻まれる喜びを感じております。
今後も、より多くの方々に、伝統理解と文化創造の「主体者」として「参加」していただくために、「公募」という仕掛けを続けていくことができればと思っております。