「茶の湯の文化を識る」を聴講して

茶道は、京文化にとって欠かすことのできない日本を代表する伝統文化です。
この講座は、茶の湯の歴史をわかりやすく、楽しく学びます。
今回は、「茶の湯政道」への道というテーマで、茶の湯を政治的に利用した織田信長とその歴史のお話でした。

茶の湯と政治的権威について

信長は特定の家臣に茶の湯を許可し、茶の湯は武家儀礼としての資格を担い、政治的権威が与えられるようになりました。
また織田信長は「名物狩り」と言って、京都と堺で金銀や米の代わりに有名な茶器などの名物を強制的に収集していました。そして信長は名物たちを茶会で披露し、富と権力を誇示していました。
とても価値のある茶道具でしたが、本能寺の変の当日のお昼間も茶会があったため、本能寺の変で消失したものも多々ありますが、多くは現在も残っているそうです。

茶器・茶会と、その意

その中でも九十九髪茄子という、足利義満が戦場に行くときも携えていたという唐物茶入は、永禄11年に松永久秀が織田信長に献上し、服従の印としました。

他に信長がもらった茶器としては、今井宗久から紹鴎茄子、大文字屋から初花肩衝、祐乗坊から富士茄子、池上如慶からかぶらなし等があります。信長の好みは来歴が書いてあるもので、元々誰のものだったかわかる茶器が好きだったそうです。
初めて妙覚寺で茶会を開いた時は梅雪や利休が点前をつとめ、津田宗及、松井友閑、今井宗久らが招かれたそうです。

茶の湯の行く先は?

その後茶の湯の政治化は豊臣秀吉に引き継がれましたが、徳川幕府の時代になると政治性は次第に希薄になっていったそうです。
この話を聞くまで茶会というと趣味としてのイメージが強かったですが、政治的に利用されていたということがとても興味深かかったです。

次回のテーマ「茶の湯の建築」も楽しみです。

受講生:北神 理紗子(Kitagami Risako)


「茶の湯の文化を識る」のテーマは「茶の湯の建築」です。
講師には、桐浴邦夫(建築史家、京都建築専門学校)をお招きして、
茶の湯の建築について学びます。

初めての方も、ぜひお気軽にご参加くださいませ。

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多くの方に有斐斎弘道館の活動を知っていただきたく思っております。
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